真実はそうした複雑さのなかに秘められているのです加古 里子
ならの大仏さま
最近ときたま耳にする表現のひとつに“感謝しかない”というものがあります。この言葉を聞くと、なにか言い知れない疑念をおぼえます。私たちの感情は、そんなに単純化できるものでしょうか。ほんとうにお世話になった方ならば、そのお方と親密な関係であるはずです。親密であるならば、その相互に喜怒哀楽等々の複雑な思いが生じるのです。“ありがとう”という言葉の奥には、その複雑怪奇な心情をはらんでいてこそ、真の感謝ではないでしょうか。物事を単純化することは、わかりやすさを求める上では有益でしょう。しかし、その単純化が真実を見えにくくしているのであれば、その危険性は重大なものです。
お念仏の御教(みおし)えは、よく単純でわかりやすいという声を耳にします。しかし、法然上人が見出された浄土の御法(みのり)・お念仏の御教えとは、如来さまの兆載永劫(ちょうさいようごう)の深く広い御心(みこころ)を発祥とします。「繁きがゆえにいださず」の精神が、お念仏を一見、単純に感じさせているのです。